焼き芋とは?

焼き芋とは

焼き芋(やきいも)とは、サツマイモを丸ごと加熱して甘みを引き出した食品です。

日本を含む東アジア特有の食文化であり、石焼き芋や壺焼き芋、かまど焼き芋など様々な調理法のバリエーションがあります。

砂糖を加えなくても非常に甘くなるのが特徴で、その秘密はサツマイモに含まれるでんぷん分解酵素(β-アミラーゼ)にあります。

甘みは、でんぷんの糊化とβ-アミラーゼによる糖化が組み合わさって増えます。(※さつまいもの甘さに関しましては『さつまいもの甘さの秘密|「熟成」「糊化」「糖化」とは』のページで詳しくご説明していますので、ご参照下さい。)

β-アミラーゼはおおむね30~70℃で働きますが、高温では働かなくなるため、低温でじっくり加熱することが甘さを引き出すポイントです(温度は品種や個体差の影響もあります)。

こうした自然の甘さやホクホク(またはねっとり)した食感、そして手をかけずに作れる手軽さから、焼き芋は幅広い世代に親しまれる冬の味覚となっています。

本記事では、焼き芋の定義や基本的な特徴から、その焼き方の種類による違い、日本で広まった歴史や江戸時代の焼き芋文化、さらに冬のおやつとしての位置づけまで、焼き芋にまつわる知識をわかりやすくご説明したいと思います。

焼き芋の種類と焼き方の違い

焼き芋の種類と焼き方の違い

焼き芋には調理方法の違いによっていくつかの種類があります。

代表的なものに石焼き芋壺焼き芋かまど焼き芋があり、それぞれ熱源や調理器具が異なります。

以下に主な焼き芋の焼き方とその特徴をまとめます。

焼き方方法・特徴歴史・普及
石焼き芋小石を敷き詰めて加熱した窯の中にサツマイモを埋め、石が発する遠赤外線でじっくり焼き上げる方法です。
直火による高温ではなく石を介して均一に熱を伝えるため、イモの水分を保ちながら中までふっくらと火を通せます。
戦後の1950年頃に東京・向島でリヤカーを改造した石焼き窯が登場し、移動販売の形で急速に普及しました。
軽トラックに石焼き釜を載せた移動販売車は昭和中期以降の焼き芋の主流となり、冬の風物詩として各地で見られます。
壺焼き芋縦型の大きな壺(つぼ)の内壁にサツマイモを吊るすか貼り付けるように並べ、底に入れた炭火やコークスで壺全体を加熱して焼く方法です。
壺の中は密閉に近い状態になるため遠赤外線と蒸し焼き効果でイモがしっとり焼き上がるのが特徴です。
壺を使った焼き芋は中国東北部が発祥とされ、1929年(昭和4年)に中国から上海経由で関西地方に伝わったと言われています。
かまどを設置しなくても手軽に焼けることから昭和初期に急速に広まり、1930年代には東京で500軒以上の壺焼き芋屋があった記録があります。
現在でも壺焼き専門店が各地にあり、独特のねっとりとした焼き上がりが再評価されています。
かまど焼き芋据え置き型のかまど(竈)を使い、焙烙(ほうろく)という素焼きの平鍋や浅い鉄鍋の上にサツマイモを並べて直火で焼く昔ながらの方法です。
強火で表面を焦がさないよう遠火でゆっくり加熱し、途中でイモを転がしながら均一に火を通します。
江戸時代から見られた伝統的な焼き方で、特に江戸の木戸番小屋(町の門番詰所)ではかまどに焙烙を載せて焼き芋を販売していました。
明治・大正時代までは一般的な方法でしたが、後に石焼きや壺焼きといった効率の良い方法に取って代わられました。
現在は家庭や祭事で再現される程度ですが、香ばしい風味が魅力です。
ドラム缶を窯代わりに使う方法や、現代的な電気オーブンによる焼成

石焼き芋・壺焼き芋・かまど焼き芋の他にも、ドラム缶を窯代わりに使う方法や、現代的な電気オーブンによる焼成などがあります。

ドラム缶焼きは主に中国や韓国で街頭の焼き芋屋台が用いる手法で、立てたドラム缶の中にレンガで作った炉を設け、炭などで加熱して壺焼きと同様にイモを焼き上げます。

日本ではあまり一般的ではありませんが、簡易的な手段として一部で行われます。

また、電気オーブンを利用した焼き芋はスーパーの店頭販売などで広まりました。

専用の遠赤外線オーブンにより安定した温度管理で大量の焼き芋を調理できるため、2000年代以降はスーパーやコンビニで一年中温かい焼き芋が買えるようになっています。

家庭でもオーブントースターやオーブンレンジを使って手軽に焼き芋を作ることが可能です。

このように、一口に「焼き芋」と言っても様々な調理法があり、道具や熱源の違いによって風味や食感にも微妙な違いが生まれます。

焼き芋の日本での広まり

それでは、さつまいもがいつごろ、どのようにして伝わって、どのように日本に広がっていったのかをみてみましょう。

さつまいもの伝来

さつまいもの伝来

サツマイモ(甘藷)はもともと中南米原産の作物ですが、17世紀前半までに琉球(沖縄)に伝わり、江戸時代に日本本土へ広まりました。

薩摩への伝来は1705年(宝永2年)とする説を含め諸説ありますが、薩摩での栽培が広がり、のちに本土へ普及していきました。(参考:鹿児島県ホームページ『さつま芋の伝来』)

江戸時代中期の享保の大飢饉をきっかけに救荒作物として注目されます。

第8代将軍徳川吉宗の命を受けた青木昆陽(あおきこんよう)がサツマイモの栽培研究を行い、1735年(享保20年)に江戸・小石川植物園で試作に成功すると、関東地方一帯でサツマイモの大規模な栽培が奨励されました。

このように食用作物としてのサツマイモが普及していく中で、「焼き芋」はサツマイモを美味しく食べる調理法の一つとして次第に人々に認知されていきました。

焼き芋のはじまり

焼き芋のはじまり

江戸時代当初、サツマイモは主にふかし芋(蒸し芋)や茹で芋の形で食べられていました。

しかし、江戸中期(18世紀後半)になるとサツマイモを直火で焼いて食べる方法が登場します。

記録によれば、1719年(享保4年)に来日した朝鮮通信使が著書『海游録』の中で、京都郊外で酒や餅とともに焼き芋が売られていたことを記しています。

江戸の庶民の間でも徐々に焼き芋が試みられるようになり、1790年代には焼き芋の行商人が現れ始めました。

そして1793年(寛政5年)、江戸・本郷の木戸番(町の門番)をしていた人物が自分の詰所で焼き芋の販売を始めたところ、これが大当たりとなります。(参考:レファレンス協同データベース『やきいもの起源に関する資料。焼芋売りの事に関して知りたい。』)

香ばしく甘い焼き芋は江戸の人々にたちまち受け入れられ、冬のおやつの定番として爆発的な人気を博しました。

以後、焼き芋は蒸し芋に代わって庶民のお腹と心を満たす食べ物となり、江戸だけでなく各地へ広がっていくことになります。

焼き芋の広がり

焼き芋の広がり

明治時代以降、焼き芋はさらに広く定着していきました。

米の価格変動が激しかった明治初期には、安価で腹持ちの良い焼き芋が都市の労働者階級の冬の主食代わりにもなり、需要が一層高まりました。

東京では焼き芋の専業店が多数登場し、たとえば明治2年(1869年)創業の「芋庄(いもしょう)」という店では一日に4基のかまどで90回も焼き上げ、1日の売上が15円にも達したと記録されています。

明治末期の1900年時点で東京府内には1,406軒もの焼き芋屋が営業していたとの統計もあり、焼き芋は都市生活に欠かせない大衆食品となっていたことが窺えます。

しかし、大正時代に入り洋菓子など工場量産による安価なスイーツが出回り始めると、おやつ市場における焼き芋の地位は相対的に低下していきました。

加えて、1923年の関東大震災を契機に東京周辺では焼き芋店の廃業が相次ぎ、一時はその姿を消しかけます。

焼き芋ブーム

転機となったのが昭和初期の焼き芋ブームです。

1929年(昭和4年)に満洲(中国東北部)から伝わった壺焼き芋の技術と、同じ頃に考案された大学芋(サツマイモの蜜煮菓子)の人気が相まって、従来のかまどによる焼き芋に代わる新風を巻き起こしました。

壺焼き芋は先述の通り設備が簡便で参入しやすかったため、雑貨屋や駄菓子屋が冬季限定で焼き芋を扱う例も増え、1930年代には東京で500軒以上の壺焼き芋屋が営業するほどの盛況となりました。

戦時期には1941年ごろから食糧統制が始まり(制度としては1942年の食糧管理法制定など)、自由な原料調達や販売が難しくなったため、焼き芋業者は休業・廃業を余儀なくされました。

戦後の日本で焼き芋が復活するのは、食糧統制が緩和された1950年(昭和25年)以降です。

石焼き芋売りの登場

焼き芋ブーム

伝統的な据え置き窯の代わりに、リヤカーに鉄製の箱型焼き釜と小石を積んだ移動式の石焼き芋屋台が東京都墨田区向島で登場し、これが現在まで続く「石焼き芋売り」の原型となりました。

重量のある窯を載せるため特注のリヤカーが用いられ、焼き上げには建材用の小石(大磯砂利)を活用するなど工夫されたこの移動販売方式は、下町を中心に瞬く間に広まります。

昭和30年代後半から40年代にかけて石焼き芋は隆盛し、最盛期(1960年代半ば)には東京だけで1,000人以上の焼き芋売りがいた、とする記述もあります。

こうして戦後復興期の人々に温かい焼き芋は喜ばれましたが、物資が豊かになるにつれ焼き芋は次第に高価な嗜好品となっていきます。

さらに1970年の大阪万博を境にファストフードチェーンが増加した影響もあって、昭和後期には石焼き芋の行商は徐々に数を減らしていきました。

スーパーやコンビニでの焼き芋販売が定着

スーパーやコンビニでの焼き芋販売が定着

近年ではスーパーやコンビニで設置型の電気オーブンによる焼き芋販売が定着し、若者を中心にスイーツ感覚で一年中焼き芋を楽しむ人も増えています。

例えば2003年に静岡県のスーパーへ初導入された専用焼き芋オーブンを皮切りに各地の量販店でホカホカの焼き芋が通年販売されるようになり、品種改良や貯蔵技術の進歩と相まって“第4次焼き芋ブーム”とも言われる盛り上がりを見せています。

特に、紅はるか(2007年に出願、2010年に品種登録)など加熱すると蜜が増すねっとり系品種の普及によって、「冷やし焼き芋」やスイーツへの応用など新たな楽しみ方も登場しました。

また近年は、その自然な甘さや豊富な食物繊維・ビタミンCが健康志向に合致する食品として海外からも注目され、日本産の焼き芋用サツマイモが香港、タイ、シンガポールなどを中心に輸出が伸びているとされます。(参考:公益財団法人ニッポンドットコムホームページ『躍進続くサツマイモ:海外でも人気で看板商品に』)

江戸時代の焼き芋文化

江戸時代の焼き芋文化

焼き芋が庶民のおやつとして定着した江戸時代後期には、街角で焼き芋を売る風景が冬の風物詩となっていました。

歌川国貞による錦絵『半四郎 やきいものお七』(1819年作)で、演劇の一場面に「焼きいも」の看板が描かれています。

これも焼き芋が当時の江戸でよく知られた存在だったことを物語るものです。

実際、江戸では1793年に本郷で木戸番を務める男性が門番小屋で焼き芋を売り出したのが大ヒットし、以降、町々の木戸番小屋で焼き芋が販売されるようになったと伝えられます。

木戸番小屋のかまどに素焼きの平鍋(焙烙)を載せ、その上にサツマイモを並べて焼くというスタイルで、朝早くから深夜まで焼き芋が売られていたそうです。

焼き芋は香り高く甘味が強いだけでなく、当時としては非常に安価だったことも人気の理由でした。

「10文も出せば、食べ盛りの書生でも朝食になる」と言われたほどで、米飯が貴重な時代に誰もがお腹を満たせるありがたい食べ物だったのです。

焼き芋の材料となるサツマイモは、安価な舟運で江戸に運べる下総国馬加村(現・千葉県幕張周辺)や武蔵野台地の川越藩領(現・埼玉県川越市周辺)で多く生産されていました。

収穫された芋は俵や縄で梱包されて江戸に出荷されましたが、その包装資材である藁や縄さえも燃料に再利用するという徹底ぶりで、安価に大量の焼き芋を提供できる仕組みが出来上がっていたのです。

焼き芋が流行する中で、江戸の町には趣向を凝らした宣伝文句も登場しました。

焼き芋を丸ごと一本焼いたものを「丸焼き」と称し、その味が栗に近いことから「栗(九里)よりうまい十三里」といった看板が掲げられるようになります。

「九里(栗)より(四里)うまい十三里」という語呂合わせで、栗(九里=9里)よりもうまい(+4里)=十三里というわけです。

この洒落たコピーは江戸庶民の心を掴み、焼き芋屋の看板として広く使われました。

また文献によれば、天保3年(1832年)刊行の『江戸繁盛記』には「裕福な人も貧しい人も焼き芋を好んで食べ、一冬で木戸番小屋1軒あたり20〜100両もの売上になる」と記されているそうです。(参考:一般財団法人いも類振興会ホームページ『本の中のサツマイモ(4)<小川顕道著『塵塚談』、寺門静軒の『江戸繁盛記』>』)

当時の庶民にとって焼き芋がいかに身近で人気の商品だったかがわかるエピソードと言えるでしょう。

このように江戸時代の後期には、焼き芋は手頃な冬の滋養として老若男女に愛され、街中いたるところで売り声が響く風物詩となりました。

寒い戸外で買ったアツアツの焼き芋は、懐に入れて手を温めつつホクホクと頬張れる格好の冬のおやつでした。

江戸っ子たちに親しまれた焼き芋文化は、その後の時代にも受け継がれ、歌舞伎や川柳の題材になるなど当時の暮らしの一場面として様々な記録に残っています。

冬の風物詩としての焼き芋

焼き芋は古くから冬の風物詩として親しまれてきました。

事実、日本語の季語では「焼き芋」は冬を表す季語の一つに数えられています。

寒い季節にほくほくと湯気の立つ焼き芋を頬張る光景は、日本人にとってどこか懐かしく温かい記憶と結びついています。

昭和の時代には、夕暮れ時に「いしや〜きいも〜♪」という独特の売り声をスピーカーで流しながら街を巡る石焼き芋の屋台やトラックが各地で見られました。

こうした焼き芋売りの呼び声は冬の風物詩として今でも語り草ですし、実際に現在も冬になると焼き芋販売車を見かける地域もあります(近年は減ったとはいえ、あの声を聞くと冬の訪れを感じるという人も多いでしょう)。

冬に焼き芋が好まれる理由としては、その体を温めてくれる温熱効果と、エネルギー源としての満足感が挙げられます。

焼きたてのサツマイモを手に持てばカイロ代わりになり、食べれば程よい甘さとボリュームでお腹を満たしてくれます。

江戸時代から現代に至るまで、寒い日の小腹を満たすおやつ・軽食として焼き芋は抜群の存在感を持ってきたのです。

さらに近年では前述のとおり、焼き芋は季節限定の食べ物ではなくなりつつあります。

スーパーやコンビニで一年中購入できるようになり、夏場に冷やした焼き芋をデザートとして提供する例も出てきました。

それでもやはり売上が最も伸びるのは冬場で、寒空の下でホクホクの焼き芋にかじりつくおいしさは格別です。

2015年のかんしょ収穫量は約81万4,200トンです。(参考:農林水産省ホームページ『かんしょの生産等』)

焼き芋向けの仕向量は、推計で年間約6万トン以上とされることがあり、仮に6万トンと置くと収穫量の約7%程度に相当します(推計値)。(参考:農畜産業振興機構『かんしょの需要変化と品種の動向』)

こうした数字から見ても、現在でも相当量のサツマイモが「冬のおやつ」用に焼かれていることが分かります。

焼き芋はシンプルがゆえに奥深い食べ物です。

素材であるサツマイモの品種や状態、焼き方の工夫次第で甘さや食感が変化し、その楽しみ方に限りはありません。

近年の第4次ブームでは、専門店で品種ごとの食べ比べが提案されたり、焼き芋を使ったスイーツが登場するなど、新たな盛り上がりも見られます。

それでもやはり、冬の澄んだ空気の中で頬張る昔ながらの焼き芋には特別な魅力があるようです。

ホクホクとした焼き芋の温かさと甘みは、現代に生きる私たちにも季節の幸せを運んできてくれることでしょう。

まとめ

まとめ

焼き芋とは何か、その定義から種類・歴史・文化までを見てきました。

サツマイモを焼いただけの素朴な食品ですが、江戸時代から現代まで日本人の暮らしに寄り添い、冬を彩ってきた存在です。

専門家の視点でひもとくと、焼き芋の甘さの秘密や調理法の違い、普及の過程など様々な側面が見えてきます。

寒い日に焼き芋をほおばれば、体だけでなく心もほっと温まる。

そんな焼き芋の魅力を、ぜひこれからも味わってみてください。

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